文=Catherine Shin 編集=下山敬之 写真=鄧毅駿、劉佳雯
台北の賑やかな南門市場の片隅に隠れた、上海合興糕糰店(シャンハイハーシンガオトゥアンディエン)は、長く台北に住んでいる人なら誰もが知っているお店です。もともとの南門市場は現在改修工事を行っているため、現在は杭州南路(ハンジョウナンルー)に臨時の市場を設けています。お忙しい中、二代目の店主である任台興(レンタイシン)さんにお店の歴史など様々なお話を伺いました。
合興の原点
合興は1947年に創業しましたが、お店の名前の由来には、中国の内戦後に上海から移住してきた任さんの父親とその師匠、数人の弟子たちが関係しています。「お店の名前は協力することを意味する『合』と感情の昂ぶりを表す『興』が合わさっていますが、素晴らしいものは力を合わせて誕生するということを移住してきた全員が共感したこともあり、父の師匠が名付けました。」と任さんは経緯を話します。その後、父親の師匠は一年後に家族を連れ帰るために中国へ戻りましたが、以降戻ってくることはなく、そのため任さんの父親が事業を引き継いだそうです。
また、台湾の伝統的な点心は糕餅(ガオビン)と言いますが、任さんたちは上海流の呼び方である糕糰(ガオトゥアン)をお店の名前に使用しました。糕糰とは使用する2種類の材料のことを指しています。「糕」は小麦粉、「糰」はもち米を使ったものを指し、現在も上海では一般的な菓子店の名前に使われます。実際に売っている商品もお店の名前とマッチしていて、桃の形をした饅頭の寿桃、蒸しケーキのような紅豆年糕、スポンジが特徴的な鬆糕、ナッツの入った堅果饅頭、かぼちゃを使った南瓜饅頭、人気の銀糸巻など様々な点心を提供しています。
合興と南門市場
任さんは南門市場にあるお店の屋根裏部屋で育ちました。「当時は助産婦しかいなかったことから、私は南門市場の屋根裏部屋で生まれました。その時は南門市場ではなく千歳町と呼ばれていて、台北で最大かつ最も発展した市場だったこともあり、両親はここにお店を開くことにしました。」と任さんは振り返ります。日本統治下の南門市場は台湾に移住したばかりで、新店(シンディエン)のような中心から離れた地域に住んでいる公務員にとっては勝手がよく、交通機関のハブとして機能していたことから台北駅周辺よりも人気がありました。この場所は、やがて「南北雑貨店」として知られるようになり、様々な料理や原料を供給する中心となりました。
任さんは25歳で兵役を終えた後、家業を継ぐことを決め、40年経った今でもほとんど自らの手で経営を続けています。その決断について「幼少期から父やお弟子さんたちの働く姿を見て育ち、週末には実際に仕事を手伝っていた私にとっては、当たり前のことでした。」と任さんは話します。現在、65歳を迎えた任さんは、迪化街にある「合興壹玖肆柒」という支店を経営している娘とともに、合興のオーナーとして現役で働き続けています。この業界では二人のように熱心に働くことは決して珍しいものではなく、任さんのもとで働く54歳の最年長コックは14歳の時に仕事をはじめました。「この業界のコックは若い頃から働き始め、兵役で軍隊に入隊し、それを終えると再び戻ってくるので辞める人が非常に少ないです。」と任さんは誇らしげに語ります。合興はまだ非常に小さく、合興壹玖肆柒の経営を手伝っている妻、娘、義理の息子を含めても12人の従業員しかいません。
味へのこだわり
現在は機械の性能が向上したことで大量購入が主流となっていますが、任さんは自家製のもち米粉を作ることにこだわりを持っています。「それがウリであり、他のお店との差別化に繋がっています。とにかく品質を重視しているので、ゼロからすべてを作ることになっても私たちはこうした作業をやり続けます。」と任さんはこだわりを教えてくれました。一般的な洋菓子店は輸入や包装されたもち米粉を使用しますが、任さんは自ら米を細かく砕いて粉を作ります。「昔は製粉機の音がとても大きく、疲れすぎて眠っていても午前時に音が響くと目が覚めてしまいました。」と任さんは笑います。現在では約20万元の費用をかけて専用に設計された機械を使用していて、サイズも音も昔に比べるとかなり小さくなりました。こうして作られた材料は娘さんのお店でも同様に使用されています。また、任さんが決めているルールは1つだけで、販売する前に必ず試食し、気に入らなければ売らないことだそうです。
合興の人気商品と台北の味
合興のおすすめ商品はと聞かれると、任さんは小麦粉を使ったものであれば堅果饅頭、寿桃、銀糸巻と答えます。「堅果饅頭は他の店と違い、原料は薄力粉とナッツのみで、砂糖や塩、油は一切使用していません。なので、新鮮なナッツの味が楽しめます。寿桃は酵母と薄力粉を半々にしているので、市場のものよりも歯ごたえがあります。」もち米を使用したものでおすすめなのは、週末限定販売の艾草糰と金糰、毎日販売している紅亀粿、紅豆糕、蓮子糕などです。中でも艾草糰は、奥さんの家族の農地で材料を栽培していることもあり、特に思い入れがあります。古くからのお客さんも艾草糰が大好きな人が多く、任さんは素材の品質を維持するために、材料のよもぎを自分たちで植えて、収穫をしているそうです。世界的に有名なお店でありながら、しっかりと地元に根を張っていることがわかります。
中国の伝統文化では、旧正月になると年糕、冬至には湯圓、ランタンフェスティバルには元宵、ドラゴンボートレースの時は粽子(ちまき)、十五夜には月餅と食べるものが決まっています。任さんの父親は祝祭日があると決まってこうした食べ物を用意していたことから、各イベントにあった期間限定メニューも販売しています。但し、昔は湯圓が毎日食べるデザートと見なされていたことから、合興では一年中提供しています。
任さんに初めて台北を訪れた観光客におすすめのメニューを尋ねると「私たちのお店で最も有名な商品は鬆糕なので、これはぜひ試して頂きたいです。これを食べるためだけにわざわざ上海から来るお客様もいるほどで、上海のお店よりも本場の味がすると言ってくれます。ただ、日本とヨーロッパでは好みが異なるので、日本人には日本でもポピュラーな小豆を使っている紅豆年糕か寿桃がおすすめです。逆に、ヨーロッパやアメリカのお客様はあまり形を気にしないこともあり、蒸し野菜が入った菜包が人気です。他にも砂糖をふんだんに使用した棗泥も人気があります。甘味だけではなく酸味もあるので、ウーロン茶や緑茶に良く合います。「ウーロン茶は甘さや酸味を和らげる効果があるので風味の濃いものに最適です。特に緑茶は、よりあっさりした感じになるのでおすすめです。」と任さんは話します。
70年の歴史を誇る合興は、台北の人々のニーズを満たすために、上海の伝統的な味をより現代的な味へと変化させていきました。任さんも最近は油と砂糖を控えるようになってきていると話していて、それに合わせて植物油を使用し、砂糖を減らすことで、より健康的に仕上げています。
未来の展望 流行を読む
台北近郊に3つの店舗を持つ合興は、それぞれの場所でユニークな味と雰囲気を提供しています。南門市場店は最も歴史が長く伝統的があることから、年配の世代を対象としています。一方、万華店と迪化街店では、若い人の好みに合わせて、カラフルで小さいサイズに調整している他、快適な時間を楽しめるように店内に座席を用意してお茶の販売も行っています。新しいビジネスモデルの考案は、伝統的な食べ物を次の世代に継承するための優れた手段だと任さんは考えています。
合興の将来の展望について、任さんは次のように答えています。「おいしいものを作るという伝統を守り、次々と世代を超えて受け継がれていくことを願うだけです。提供する商品の大きさやや形は時代とともに変化していきますが、材料と製法を変えることはありません。昔からのお客様は、合興の味で育ってきたので、結局のところは両親やさらにその親が食べた伝統ある味を大切にします。そうすることで、お客様にも家に帰ったような懐かしい気分を提供できます。」
台北の今流行りのレストランも素晴らしいですが、合興で提供している伝統的な味が実家を思い出させてくれます。点心のような一口料理に自らのスタイルを見出すことは簡単ではありませんが、過去70年間に渡りこだわってきた合興は、この誇りと思いを次の世代にしっかりと伝えていきます。
上海合興糕糰店 シャンハイハーシンガオトゥアンディエン
上海合興糕糰
大安区杭州南路二段55号
07:00—18:30(月曜定休)
合興壹玖肆柒
大同区迪化街一段223号
11:00—19:00(月曜定休)
合興八十八亭
万華区三水街70号
11:00—18:00(月曜定休)
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